記録と証言 あゝ学童疎開船対馬丸

嗚呼昭和十九年 南の島の沖縄の
悲劇を生んだ対馬丸 学徒疎開の物語り
国のおきてに従いて 八月二十一日那覇港を
学童たちの船は出た 父ちゃん母ちゃんさようなら
手をふりながら遠ざかる 死出の旅路と誰が知る
みんなの無事を祈りつつ 涙ながらに別れたが
二(十)二日のあの船は 無情な敵の攻撃で
哀れ学童もろともに 海の藻屑と消え失せた
悪夢のような出来事に わたしの胸ははりさける
死んじゃいけない生きるのだ 神の助けを求めつつ
どこかで生きていてくれと 哀れな母の神だのみ
眠れぬままに浜に出て 暗い浪間をみつめつつ
邦夫いずことさまよえど 姿も見えず声もなく
むせび泣くような波の音 この世に神もましませぬ
望みははかなく消えうせて 帰らぬ我が子の面影を
胸にだきしめ泣くばかり 戦のためとはいいながら
幼き学童まきぞえに 起こした悲劇許すまじ
心に誓いて三十余年 あの時この母三十六
今は白髪のおばあさん 忘れようとして忘れられぬ
長い月日の苦しみが まぶたをとじれば今もなお
昨日のようによみがえり 私の胸がまたうずく
つぼみのままに散りゆきし いとし我が子のまぼろしを
いのちの限りこの母は 求め続けて呼び叫ぶ
嗚呼邦夫いまいずこ

(『記録と証言 あゝ学童疎開船対馬丸』対馬丸遭難者遺族会発行)

かけがえのないわが子より